再会

 

魏の都、許昌。栄えし都でもある。商人が行き交う都。地方から訪れし行商人。新しい物を好む君主の為、多く行き交う。文官や武官にも商いを行う。賄賂まではいかない。賄賂が発覚すれば厳しい処罰が待っている。

 

「ここもあまり変わらないなぁ」

 

商品を何個か背負い、武官が多く住んでいる地区を訪れる。笠を被っている為、顔は見えないが額に汗をかいているようだ。ゆっくりと歩く。彼は本当の商人ではない。他国の者だ。偵察が主な目的だが、彼にはもう一つ目的がある。

 

「あの人の屋敷は・・・ここかぁ」

 

大きな門構えの屋敷。警護している兵は少ない。護衛兵を多く雇わない。己の武に自信があるだろうが、騒がしい事を好まないあの人らしい。

 

「随分、立派な建物だよねぇ。俺が住んでいる屋敷よりでかいし」

 

彼が仕えている国はここより貧しく、こんなに大きな屋敷を持つ者は少ない。

 

「いたら良いけどなぁ」

 

苦笑し、行商人の顔に変わる。門番に接近する。

 

「いらっしゃい。西涼から取り寄せた商品みてみない?ここの御主人様は西涼の商品なら興味があると聞いたので」

 

門番はひそひそと商人に聞こえないように話をする。この商人は何を言っても出ていかない。仕方ないから主に会わせようと、会話をする。行商人はニヤニヤとやり取りを見ている。

 

「しばし待たれよ」

 

片方の門番が屋敷の中へ入っていく。この時点で成功だろう。商人はモノを売りに来たのではない。

 

「こちらへ」

 

屋敷の主に会わせるという意味だろう。真の目的を悟られないよう陽気に笑顔で振舞う。兵は商人をただの旅商人しか見ていない。もし、笠を取れば、商人が何者なのかわかるかもしれない。外すよう言われない限り外さない。

 

「失礼いたします」

 

主がいる部屋に案内される。扉が開いていく。あの人の顔が見えてくる。懐かしいあの人の顔がはっきりと見えてくる。胸の高鳴りで思わず笠を深く被ってしまう。

 

「商人殿は西涼から来たと聞く」

 

久しぶりに聞く、低い穏やかな声音。

 

「二人でゆっくりと語り合いたい。下がってはもらえぬか?」

 

兵は驚きもせず、部屋を出ていく。残ったのはこの屋敷の主と商人のみ。

 

「いやぁ、助かるよ」

 

二人きりになったと判断し、笠をとる。栗毛の髪が露になる。屋敷の主であるホウ徳は驚きもせず冷静に見つめていた。

 

「やはり馬岱殿だったか」

 

かつての同胞であり、今は敵同士の二人。敵なのにお互い敵視していない。

 

「偵察がてらに会いに来たよ」

 

笠と荷物を勝手に椅子に置く馬岱。

 

「それがしに情報を聞き出しても無意味であろう」

 

「そんなのわかってるって。戦場じゃない場所で会いたくなったんだよ」

 

やはりこの人は生真面目で変わっていない。ちょっと安心する。

 

「そうか」

 

「水ない?重い荷物しょって歩いているから喉がカラカラでねぇ」

 

ヘラヘラと笑う馬岱。敵であるホウ徳に馴れ馴れしい態度で接する。

 

「用意しよう」

 

召使を呼び、水を持ってこさせる。召使からしたら、主が商人を気に入っているのだろうと思い込んでいるのだろう。

 

「悪いねぇ。やっぱ、水は上手いよ」

 

美味しそうに飲む馬岱。本当に喉が渇いていたのだろう。

 

「ホウ徳殿は優しいなぁ。敵の俺に水をくれるなんてさ」

 

杯を両手に持ち俯く。ホウ徳は腕を組みながら無言で馬岱を見つめる。

 

「馬岱殿、何かあったのか?」

 

「どうしたの?急にそんな事を言って」

 

「俯いて話をする仕草は、馬岱殿にとっては何かあった仕草でもある」

 

長く馬岱と接した。どんな心境かもわかる。悲しい、嬉しい、怒り・・・馬岱の感情をほとんど読み取れる。敵対しても変わらない。

 

「ホウ徳殿には敵わないなぁ」

 

苦笑する。他人には感情を隠せられるが、ホウ徳には見破られている。ホウ徳に知られる事が嫌だと思わない。逆に嬉しいような気がする。

 

「若に恋人が出来たんだよ」

 

馬岱の主であり、ホウ徳のかつての主である馬超。彼には妻や子供もいた。虐殺された。曹操への復讐の代償として。再婚しようとしたのか。

 

「恋人って、言っても男だよ。相手は趙雲殿。名前くらいは知っているでしょ?」

 

蜀の勇将。劉備に信頼されている。長坂で劉備の子供を一人で守ったという逸話を持つ。数人の兵を赤子を護りながら倒していく姿は曹操が惚れた程。人望が厚い将だとも聞く。

 

「疑心暗鬼におちた若を救ってくれた凄い人だよ。殿に仕える前は誰も信じなくなった若なのに、今はかつての明るい若に戻ってる。凄いと思わない?」

 

 

「馬超殿が新たな恋人を手に入れた、か。喜ばしいものだ」

 

「でしょ?」

 

「馬岱殿は嬉しくないように見える」

 

「え?」

 

ホウ徳の指摘に驚く。馬超が幸せになっているから嬉しいと笑っているつもりなのに。

 

「どこか淋しそうな気がする」

 

「そんな事ないよ。俺は嬉しいって」

 

ヘラヘラ笑っている筈なのに、おかしい。

 

「無理して笑っているように見える。それがしの気のせいかも知れぬが」

 

見透かされている。嬉しい事は本当。だが、淋しい。俺より別の人に構っている事が。ずっと、ついてきたのに別の人を選んだ事を。

 

「う〜ん。最近、若が俺に構ってくれないからかもしれないね」

 

ちょっと、本音を洩らしてしまう。

 

「ねぇ、また会いに来てもいい?敵じゃなく話し相手で。愚痴聞いてくれる人がいなくてさ」

 

敵のあんたに言っても仕方がないけど、聞いて欲しい。

 

「情報収集じゃなく、本当にただの世間話で」

 

表情は何も変わっていない。呆れているかも。

 

「構わぬ。それがしは無骨なので話をするのは苦手だがよろしいか?」

 

「本当?また本当に遊びに行くよ」

 

「執務がない時なら何時でも」

 

拒まない。敵対してもホウ徳は全然変わっていない。昔のように承諾してくれる。

 

「とりあえず、まだ時間あるから何を話そうか・・・・そうだ、昔の事でも話そうよ」

 

「よかろう」

 

辺りが暗くなるまで語り合った。少しは、淋しさが消えたような気がした。敵なのに温かく迎えてくれたような気がしたから。蜀を、馬超を裏切るつもりはない。だけど、たまにはこうして語り合う事も悪くはないと思った。ホウ徳と語り合うと昔を思い出す。懐かしく温かい思い出が蘇ってくる。とても心地が良かった。

 

 

あとがき
戦以外に再会したホウ岱です。お互い敵になっても憎しみはなさそうです。

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