新参者

 

魏に降ってから数日が経つ。ただ、武を振るう。武を振るう事こそ士の道。己の道。だから、馴れ合いは必要ない。もっとも、降った立場―裏切りをした者と馴れ合いたいという者はまずいない。

「馴れ合えば・・・昔を思い出す」

自ら捨てた、主君と・・・かけがえのない友。己の進む道の為とはいえ、捨てた。今でも思い出す。笑って見送った友。その笑みは悲しげのように見えた。怨みがあるにも関わらず笑顔で見送る。その笑顔はどこか痛々しい。無理に笑みを作っている。今でも思う。

「弱いものだ」

与えられた小さい屋敷で独り呟く。友がいればその思いを告白して楽になるだろう。弱いものだ。士を全うする為に捨てたのにその覚悟がないとは・・・
 忘れる為に武器を磨こうと武器を取りにいこうとした時、突然扉を叩く音がする。使用人はまだいないので自ら開けると、

「いやぁ、いきなり来て悪いなぁ」

夏侯淵殿と賈ク殿だった。曹操の側近二人がわざわざ某に会いに来るとは何用であろうか?見張りか?何故訪ねて来たか思考する。

「そんな、硬い顔すんなって。酒飲みに来ただけだしな」

「突然脅かせてすいませんね、夏侯淵殿がとうしてもって言われてね。まっ、難しい話をしに来た訳じゃあないので安心して下さいよ」

偽りを言っている訳ではなさそうだ。扉を開け、居間に案内した。

「本当に何もないねぇ。まっ、ホウ徳殿らしいと言えばらしいけど」

感心しているのか皮肉なのかわからない屋敷の感想を述べる賈ク。

「仕方ねぇだろ。ホウ徳はまだ来たばっかだから物なんてないだろ」

「いや、武功を上げても物は買わないと思いますよ。俺もそうですから」

「お前は策しか興味ないんだよな。人陥れるの大好きだし」

「ははぁ。最高の褒め言葉ですな」

偉ぶる姿はない。新参者が言葉を言う必要はない。酒と杯を運ぶ。

「悪いな」

「つまみを持ってきましょう」

「良いって。今日はお前と酒が飲みたいからな」

「酒を飲めば親睦深めやすいですからね。なぁに、夏侯淵殿なりの策ですよ。あんたを本当の仲間にさせる為の策です」

仲間・・・意外な言葉を出す策士に内心驚く。

「うちってさ、お前みたいな境遇が多くてな。だから、こうして酒を飲み交わす事にしてんだ。相手がどんな奴かわかりやすいし。わからないといざ戦って時に勝てる戦が勝てなくなるし」

「そうですか」

 両者の杯に酒を注ぐ。二人は警戒せずに飲み解す。

「久しぶりの西涼の酒はキツイ。俺はこれだけで良いですよ」

「賈クは本当に酒弱いなぁ。お前の故郷の酒なのにもう駄目か。だらしがねぇぞ」

「夏侯淵殿、西涼出身が全員ザルなんて思わないで下さいって」

それもそうかと談笑する。何故、身分の高い二人が新参者の某に接して来るだろうか。視線だけを合わせる。

「うちって、よく新人が入ってくるからよ」

 問いもしないのに気になっていた疑問を問う夏侯淵。

「だから新人とは必ず酒を飲み交わすようにしている。どんな奴かわからないまま一緒に戦うのも不安だしな」

「来てビックリしたかもしれませんが、ここは才があればすぐ打ち解けますよ。俺みたいな経歴だって受け入れてくれる所ですからね」

「活躍してなきゃ今頃お前はここにはいねぇだろ」

「おっしゃる通りで」

どっと笑い出す二人。警戒心がない。他ならきっと警戒するだろう。漢中の時のように。

「お前、強そうだしな。だから殿や俺等も期待しているんだぜ」

「できればこのままよしなにやって行きたいものだ。あんたを使った策、きっと良い策になるだろう」

「それがしは己の本分を全うするのみ」

 曹操の為に戦うのではない。己の為に武を振るう。国の為ではない。

「自分の為はほとんどの連中がそうですよ。俺もそうですし。国の為、主の為なんて戯言に過ぎませんし」

酒を一気飲みし、頭がグラつき片手で抑える賈ク。

「まぁ、本当に殿の為に戦っている奴もいるけど、賈クみたいに自分本位な目的もいる。だから、あまり気にしねぇぜ」

やはり、ここは変わっている。忘れていた居心地の良さを思い出す。自然と笑みが零れてくる。

「おっ、お前ってそんな笑みが出来るんだな。悪くねぇぜ」

「はっはっ。良い笑みだねぇ。これならすぐに他の連中も打ち解けそうだ」

 独特の笑いを見せる賈ク。嫌味ではなく楽しそうだ。

「しばらくしたら、張遼や徐晃も来ると思うぜ。お前と同じ武馬鹿だから気が合いそうだぜ」

「特に張遼殿はホウ徳殿と少し経歴が似ているから話が合いそうだ」

「違いないぜ」

また二人で笑い出す。よく笑う二人だ。その光景を見ながら一口酒を飲む。

「困った事があったら何時でも言ってくれや。相談に乗るからな」

「その時はお願いします」

断る訳にもいかない。つくづく変わった場所だ。

「今度は普通の酒も用意してくださいよ。やっぱ、俺には故郷の酒は強すぎる」

お手上げの格好をする。本当に酒に弱いようだ。

「お前、本当に酒弱いなぁ。少しは強くならきゃ厳しいぞ」

「普通の酒なら俺でも飲めますよ。あんた等がザルだから弱く見えるんですよ」

本来なら酒は飲めると主張する。

「わかった。弱い酒も用意致そう」

「ホウ徳殿までそう言う」

 また笑い出す夏侯淵。拗ねる素振りを見せる賈ク。とても軍師には見えない。

 ここでやっていけるかまだわからないが、上手くやっていけるかもしれない。かつての同士達は上手くやっていけているだろうか?敵になってしまっても思う。願わくば、何かの光を掴み、生きる目的を見出してくれればと思う。そして、戦場で合間見えたい。

「ホウ徳、お前も飲め。賈クみたいに酒弱くないだろ」

 酒が満ちている杯を渡す夏侯淵。

「無論。いただこう」

 一気に飲み解した。故郷の酒はやはり強く、丁度良い味だ。
 新たな同士と酒を長い時間飲み交わした。

あとがき
魏に降った直前のホウ徳です。淵ジェル辺りが仲良く接してくれるかなぁと思いました。

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