捨てられし者

 

「ホウ徳殿、何故だ」

 大勢いた同志達も気がつけば少数しかいない。古くから従ってくれたホウ徳も去り、重臣は唯一の同族、馬岱しかいなかった。
 ホウ徳が魏に降る理由は張魯がホウ徳を疑った事が原因だが、曹操に惹かれてしまった事が原因なのだろう。 
 ホウ徳が自分達を裏切らないとずっと信じていた。
理由はどうあれ、いつかは再会出来ると信じていた。なのに、裏切られた。捨てられたのだ。感情のまま何も考えずに行動したから見捨てたのだ。

「若」

馬岱は何も言えなかった。悲しくないと言えば嘘になる。ホウ徳に捨てられた事を嘆く事はしない。馬超のように慟哭もしない。泣き叫ぶを通り越していた。感情を表せない程、何かを喪失したようだった。

「馬岱」

「なに?若?」

陽気な仮面を被ったまま声をかける。ホウ徳を殺そうとするのだろうか?裏切った同士を憎む程に。

「お前は、俺から去らないよな?」

声を震えながら涙を流し、こちらに笑みを向ける。無理やり笑っているようだ。周りに裏切られ、何もかも信じられない。自業自得な部分もあるが、疑心暗鬼に心が押しつぶされそうな主。たった一人の同族であり、幼い頃から共に過ごしてきたお前は裏切らないで欲しいと願っているような言葉。

「何を言ってるの。俺が若から離れる訳ないじゃない」

「馬岱」

陽気な口調で離れる事を否定する。好きな人と敵対しても離れない。若が嫌だと言っても離れない。

「だって、俺がいなくなったら色々大変でしょ。若の面倒を見るのが俺の生き甲斐だからね」

 これは本心だから。嘘じゃないよ。

「信じても良いのか?」

「うん。信じてくれて良いよ」

 縋るように抱き締められる。

「俺から離れるな」

 願っているように見える。こんなに大事に思ってくれるなんて嬉しい。

「約束だ、馬岱」

「約束するよ、若」

 一瞬、本来の低い声を出してしまうが馬超は気付いていない。次に会う時は愛しき人を殺さなければいけない。彼はもう戻って来ないのだから。若と俺の為にも消さなければ。彼の血に染まりながら笑みを浮かぶだろう。

「どこへ行こうか?若?」

 今の若に聞いてもわからないだろう。それでも問う。

「気のまま行くしかない」

 目的がわからないまま彷徨い歩く。落ち着いたら少数の兵に声をかけなければ。出発すると。

「何が見えるだろうな」

「さぁ、わからないよ」

 それでも歩かなければいけない。何処かへ歩く。立ち塞がるモノは屠る。何に抗うかここにいる者達はわからなかった。親しい人に捨てられ、感情はもう何も感じられないかもしれない。最後に残った同族と慰め合い続けて生き続けるのだろう。永久に繋がれ合う。捨てられない為に永久に。

あとがき
馬岱と馬超です。ホウ徳離反話です。馬岱はどんな事があっても馬超から離れる事はないと思います。

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