微々たる事

 

僅かな変化に気付いた

 

勇猛果敢な青年

 

拙者より大きい存在

 

なのに、

 

この時は小さく見えた

 

 

「忠勝」

 執務を終え屋敷に帰宅しようとした時、忠勝に出会う。忠勝は調練の帰りのようだ。

「忠世殿も帰りなのですか?」

 少し礼に欠ける部分があるが、自国に関しては礼を弁えているようだ。よく作左殿に叱られている姿が見える。私より体格が大きくなってもそれは変わらないようだ。思い出すと笑ってしまいたくなる。

「何が可笑しいのです?」

 そういうところが子供なのだ。もっとも、そんな姿を見せる事は他の者にはないだろう。

「何でもない。途中まで帰り道が一緒だ。共に帰るとしよう」

「それもそうですな」

 共に道を歩く。他愛のない話をした。主に子育ての事だ。私には息子がいる。忠勝にも娘がいる。その為、子供についての話に夢中になる。娘が強くなり過ぎると、嘆いているように見えるが、愉しそうだ。愉しそうだが、どこか影がある。

「なぁ、忠勝」

「何か?」

「何かあったのか?」

 忠勝の足が止まる。

「何でもありませぬ」

 忠勝は嘘をついている。笑っていない。本当に何もなければ笑う筈だ。

「嘘だな。私に言えない事か?」

 俯いてしまう忠勝。猛将と謳われている男には見えなかった。

「・・・失恋しました」

「お、お前。奥方がいるであろう」

 思わず動揺してしまう。奥方がいるにも関わらず別の女を好いてしまったのか。側室を入れるなら殿の許可を得なければならないだろう。

「女ではなく・・・男です」

 また仰天してしまう。男・・・誰なのかすぐ想像がつく。恐らく恋人は忠勝の親友を選んだのだろう。これは確かに周りには言いにくいだろう。

「そうか。私は男に興味がないからわからぬが、もう忘れろ」

 そう忘れるものではないか。返事をしない。無論、仕方がない。私に言える事はそれしかない。

「もし、私でよければ話し相手にはなるぞ。恋に疎いが、話だけなら聞ける」

 私に出来る事はこの位だ。

「わかりました」

 それ以来何も話さない。武勇があるこの男でも、失恋の傷を癒すにはしばらく時間がいるだろう。

「俺の屋敷はここなので」

 気がつけば、もう着いていた。長いようで短い距離だったような気がする。

「わかった・・・明日、ここに来ても良いだろうか?」

 驚いている。それもそうだ。そんなに親しくもない者にいきなり屋敷に出向いて良いかと言われれば戸惑うものだ。 

「嫌なら構わん。これは命令ではないからな。拒否しても構わん」

「構いません。良いおもてなしは出来ませんが・・・」

「良い。お前と直に語りたいだけだ」

 嫌ではなさそうだ。だが、表情が和らいでいるように見える。微々たる事だが。

「ではな」

 私・・・拙者は再び道を歩いた。帰る為にだ。それにしても、拙者は何故、忠勝の屋敷に来ると言ったのだろうか。一瞬、考えてみた。答えはすぐに出た。


小さく見えたからだ

どこか脆く、そして淋しそうに見えた

だから、放っておけないのだ

 

もう辺りは暗くなっていた。急いで己の屋敷に戻っていった。

あとがき
忠勝・忠世話です。誰に失恋したかはまた後ほど

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