震え

 

「終わったか・・・・」

今まで、何度も戦場を見てきた。慣れている筈なのに、今回は見ていられなかった。

「我々はどうしますか?」

 本多忠勝に声を掛けられる。表情は平然とした表情を保っている。本当は怯えている私。

「戻ろう。今日は休みたい」

「と、言う事だ。お前が宴会に参加したいならすれば良い」

 向こうで敵将・・・武田の将の首を並べながら宴会をしている織田軍。行くなら一人で行けと言う榊原康政。

「馬鹿か。殿が参加しないなら俺は参加をしない」

「当然だ。それに・・・俺はああいう宴は好かん。お前は好きそうだが」

 一時期、徳川を壊滅寸前にまで追い込んだ武田。憎き敵でもあるが、敬意をはらわなければならない相手でもある。

「二人とも、戻るぞ」

 先に去る家康。二人は主の後を追いかけるように去った。去る後ろ姿を酒井忠次はただ見ていた。

 

 数日後、浜松城に戻り自室で横になりながら書物を読んでいた。これから武田は弱体するだろう。重臣を失ったのだ。すぐには態勢を整える筈がない。徐々に弱まり後は、滅び。徳川にとって有利になるだろう。それでも、あの光景を忘れられなかった。

「殿、失礼する」

襖が開けられる。中に入ってきた者は、

「忠次か。どうかしたのか?」

 長く苦楽を共にした臣・・・酒井忠次。

「疲れている御様子ですな」

「戦から帰ってきたばかりだからな」

「・・・何かあったのですか?」

 本当の事を話して欲しいと、言っている様だ。俺の前では偽らないで欲しい。平気だと言っておきながら全身震えているではないか。

「ははっ。忠次には敵わないか」

「茶化さないで下さい」

「すまんな・・・・惨すぎると思ってな」

 戦場は惨いものだとわかっている。仕方ない事だとわかっても今回は惨い。非常な無数の弾丸が敵を打ち抜いていく。

「戦は卑怯な手を使っても勝利するものだとわかっている」

 馬の足を狙い、落馬した相手を撃ち抜く。思わず、やめてくれと叫んでしまった。

「駄目だな、皆にこんな事言ったら笑われるだろう」

 カタカタと全身を震えてしまう。

「皆の前では、平然としなければ士気に影響が出ます」

 そう、皆が不安になる。勝てる戦が勝てなくなる。

「決して皆にはこんな事を言わないでいただきたい」

「わかっている」

「ですが・・・」

 優しく頭を撫でられる。表情は厳しい表情から柔らかい笑みを浮かべていた。

「俺の前では弱気を言って構いません」

「忠次」

 フッと笑みを浮かべる。毎回、その笑みに救われているような気がする。勇気付けられる。

「人は誰かに言わなければ心が押しつぶされますからな」

「本当に、お前には救われるな」

 寝ながら抱き締める家康。

「何十年も仕えてきましたからな。殿の考えは大体把握出来ております」

「そうだったな」

 昔からそうだった。悩みを打ち明けてしまいたくなる。信用出来る相手。

「少し落ち着いたようですな」

「ああ」

 自然と震えが止まっていた。抱き締めたからだろう。忠次の身体は温かい。温かいから落ち着く。

「忠次」

「はっ」

「添い寝しろ。これは命だ」

 子供のような命だ。それでも受け入れるだろう。今は私とお前しかいないのだから。

「承知いたしました」

 ほら、嫌がっていない。むしろ嬉しそうだ。

だから、余計甘えたくなる。

あとがき
酒井×家康です。酒井には我侭言いまくってます(笑)

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