老い

 

人はいつか老いが来る

 

これは人の理であり、どんな事をしても抗えない

 

 何時までも若くいられるとは思っていない

 

「随分老いたものよ」

自室で寝ていたが、途中で眼を覚まし、上半身を起こす。まだ、外は暗く、月が淡く白く輝いている。

「何十年も生きているから当然か」

 突然、寒くなる。空気が冷たいのではない。喪失感が現れたのだ。愛しき華が己の前から消えるのではないかと。

「これも歳か」

 身体に羽織るモノを身につけて、部屋を出た。まるで、幽霊のように透き通っているように見えた。

「今日はこれ位にするか」

 仕事に一区切りが出来た。思わず腕を伸ばす直江。気がつけばもう夜中になっていた。上杉の政はほとんど筆頭家老である直江景綱が引き受けていた。血気盛んな上杉の将の中では現実的である。戦より内務の方が性に合う。戦は宇佐美や主君である上杉謙信に任せれば良い。己はそれを補えればそれで良い。

「こんな夜中に伺う訳にもいかないか」

 昨日は共に夜を過ごしたのだ。今日位は別々で構わないだろう。

「寝るとするか」

片付けていると、襖が突然開けられる。

「定満殿・・・」

 珍しい。白い髪を下ろし、寝間着のまま訪れるのは初めてかもしれない。その姿は幽霊のように見える。 

「どうかなさいましたか?」

 言った瞬間、抱き締められる。その腕の力は年上とは思えない程力強い。

「定満殿」

「急に恐ろしくなった」

「え?」

「お前が拙者から離れるのがな。拙者とお前は歳が離れている。段々老いていく拙者をお前が見捨てるのではないかと、な」

以前より抱く回数も少なくなった。飽きてお前が放れていく。ふと、思ってしまった。

「そう考えてしまうのも、老いなのであろう・・・な」

自嘲する。今更何を言っているのだろうと己が可笑しくなる。

「何を馬鹿な事を言っているのですか」

 瞼を閉じる。この方も恐怖というものがあるのだと、今更ながら思う。

「それは私が思っている事です。私も歳です。いつ貴方が私を捨て、若い者に心を移すのかと、不安なのです」

 そう、何時も考える。貴方が他の者と親しげに会話する姿を見て、複雑に思う事を。この者の方が良いのではないかと迷う。

「拙者と同じ事を考えていたか」

 貴方の身体は温かい。抱き締められて感じる。私を好いてくれるのだと感じる。

「どうやら、その様です」

 老いても、貴方を想う気持ちは何も変わらない。嫌うという事はないだろう。どんなに酷くされても貴方が愛おしい。

「安心した」

 老人である拙者を好いているお前が愛おしい。昔は嫌われても構わないと思った。だが、今は嫌われる事が恐ろしい。それだけお前に依存しているのだ。

「離しはせぬ」

「はい・・・定満殿」

 

何時かは別れが来る

 

それでも今は

 

別れを忘れて

 

抱き締め続けたい

 

風が冷たい中、しばらく抱き締めた。老いを忘れる為に、愛しき者を強く抱き締めた。 

あとがき
久しぶりなうさなおです。珍しく弱気な宇佐美を書いてみました。

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