ささやかな想い

 

「また、喧嘩をしたのか」

 忠勝の屋敷で酒を飲み交わしていた。忠勝ともう一人は榊原康政。二人は同い年。その為、人には話せない事も話せる間柄でもある。

「あの小僧、戦を何だと思っている」

 一気に酒を飲み解す康政。彼が自棄になり飲む事はない。酒は控える方だ。

「部下を駒みたいに扱いやがって」

 言葉遣いも荒くなる。

「あれは仕方があるまい」

 本来なら康政の方が落ち着いているのだが、ここでは立場が逆になっている。この光景を周りが見たら不思議に思うだろう。

「手柄の為だけに部下の事を顧みないとは将として失格だ」

 小僧―井伊直政。自分達より若く、手柄を上げている。彼の戦は康政からすれば無謀だ。よく一人で敵陣を攻める。部下は彼を追いかけて攻めていく。部下を省みない戦い方をする事が多いのだ。

「そう言うな。手柄を立てて周りを認めさせたいのだろう」

 空になった友の杯に酒を注ぐ。

「お前だって、そうだろう?俺も同じだ」

「何処がだ。俺は小僧みたいに部下を駒だと思っていないぞ。兵はすぐに補充出来るものではないのだ」

「それは直政もわかっている」

 また、一気に飲み解す友。

「ふん。部下は将に気を使う。奴はよく返り血を浴び、無数の傷を与えられながら闘う。部下はたまったものじゃない」

「お前、直政を気にしているのか?」

 言葉は直政を責めているが、心は違っているように聞こえる。赤くなる。酔って赤くなったのか、それとも見抜かれて赤くなったのか、想像はつかない。

「何故、俺が奴を気にしなければならん。俺は奴の部下が気の毒だと思っただけだ」

「本当にそうか?」

 本当は部下ではなく、小僧の事が気になっているのではないのだろうか?

「当たり前だ。何度も言わせるな」

 床に強く杯を置く。杯が割れるのではないかと思う位強い音がした。

「俺は帰るぞ・・・・お前の方こそ奴を気にしているのではないのか?」

「俺がか?」

 眼を大きくする。俺が直政の事が?

「ではな」

 友なりの冗談で言っただけのようだ。足音を大きく鳴らしながら帰っていった。

「俺が?まさか・・・」

 友の言葉に動揺する。友が直政の事を気にしているような素振りに動揺していたからだ。

「直政は昔から気には掛けていたが、決して・・・」

 誰もいない部屋で否定する。

「恋ではない」

「決して恋ではない」

 一人、否定した。

 

恋ではない、

 

これは兄弟に似た感情だ

 

断じてない

 

だが、

 

康政が直政に恋をしているのでないかと思うと

 

激しく動揺した

 

「寝るか」

 明日は早い。使用人に布団を敷かせるよう命じた。

あとがき
忠勝・榊原話です。同い年なので何でも話せる間柄です。

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